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福岡地方裁判所 昭和52年(行ウ)6号 判決 1978年7月07日

原告 白石正人 ほか一五名

被告 福岡県 ほか一名

訴訟代理人 上野至 川勝隆之 菅祝久 宮川政俊 ほか五名

主文

一  本件各訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告福岡県が、昭和五〇年一〇月一八日付の農計第一七四七号をもつてなした国営筑後川下流地区土地改良事業を特別申請事業として申請することへの同意はこれを取り消す。

2  被告久留米市申請に係る土地改良法八五条の二第一項の規定による特別申請事業としての国営筑後川下流土地改良事業の土地改良事業計画はこれを取り消す。

二  被告らの答弁

(本案前の答弁)

主文同旨。

(請求の趣旨に対する答弁)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告久留米市は、訴外三九市町村と共同で昭和四八年一二月一〇日筑後川下流地区土地改良事業を土地改良法(以下「法」という)八五条の二第一項の規定による特別申請事業、国営筑後川下流土地改良事業(以下「本件事業」という)として申請することを企画し、法八五条六項の規定により久留米市議会の議決を求めて企画決定し、昭和五〇年八月一九日法八五条の二第七項の規定により福岡県の同意を求めた。

2  福岡県は右に対し法八五条の二第八項の規定による県議会の議決を求め、県議会は昭和五〇年一〇月七日これに対し議決を与え、福岡県は同月一八日付五〇農計第一七四七号同意書をもつて同意(以下「本件同意」という。)した。

3  本件事業は、水資源開発公団が設置する「筑後大ぜき」の完成を前提として企画されたものであるが、「筑後大ぜき」はその建設の実施方針及び実施計画さえ定められていない実情であり、かかる実情のもとに企画された本件事業は、砂上の楼閣にも比すべき実現性稀薄な計画であるのみならず、かえつて危険を伴うものであるところ、被告久留米市は、本件事業につき深甚なる利害関係を有する地元水利組合、開発組合、農漁民、一般市民等に諮ることもせずに本件事業案を久留米市議会の議決を求めたのみで企画決定し、被告福岡県は被告久留米市らが本件事業を特別申請事業として農林大臣に申請することに同意を与えた。

4  以上のとおり、被告福岡県のなした本件同意及び被告久留米市の企画決定した本件事業の計画はいずれも違法であるから、原告らは被告らに対し右の取り消しを求める。

二  被告らの本案前の主張

(被告福岡県)

1 抗告訴訟の対象となるべき行政庁の行為は、対国民との直接の関係において、その権利義務に関係あるものであることを必要とし、行政機関相互間における行為は、それが国民に対し直接権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものでない限り、抗告訴訟の対象とはならない。

2 本件同意は、市町村とは独立した公共団体たる都道府県が市町村に対してなした意思表示で、国民に対しなされたものではない。

また、法八五条の二第七、第八項において、市町村が農業振興地域整備計画に定める土地改良事業を国営土地改良事業として施行させるため、同条の二第六項のいわゆる市町村特別申請事業として農林大臣に申請するにあたり、都道府県の同意を要するものとした実質的理由は次のとおりである。

市町村特別申請事業は、農業振興地域整備計画に定められた基幹的な土地改良施設の新設又は変更を内容とする事業で、他の土地改良施設の新設又は変更を内容とし、又は内容の一部に含む土地改良事業(いわゆる関連土地改良事業)と一体となつてその効果か生じ父は増大するものにつき、当該関連土地改良事業の計画内容が未確定のため事業参加者の同意を求めることが適当でなく、しかも当該関連土地改良事業が計画内容を確定して施行される確実な見込みがあり、かつその確定をまつて事業に着手していたのでは、その規模からみて完了が著しく遅延し、農業振興地域整備計画の達成に支障を生ずるおそれがあると認められる場合に行うことができる(法八五条の二第六項参照)。

しかして、国営土地改良事業についても、都道府県は第一次的に一定割合の費用負担者(法九〇条一項、法施行令(以下「令」という。)五二条及び同条の二参照)であり、その負担金の全部又は一部を受益者等から徴収することができる仕組みであるが、右徴収方法として一般には、地元耕作者等受益者から直接徴取する方法(法九〇条二項参照)、直接受益者から徴収する代りにその受益者集団たる土地改良区から徴収する方法(同条四項参照)及び市町村から徴収する方法(同条五項参照)等が認められている。

しかし、国営市町村特別申請事業の場合は、関連土地改良事業者から徴収する方法だけが認められている(法九〇条九項、令五三条の七の二参照)のに過ぎなく、従つて、都道府県が国営市町村特別申請事業の負担金を徴収しようとするときは、関連土地改良事業開始の際、その旨を事業計画等に明示したうえで関速土地改良事業の事業費中に市町村特別申請事業についての負担相当額を組み入れてその受益者の同意をとり、国営市町村特別申請事業の負担金を徴収する以外に徴収の方法がないのである。

このように、国営市町村特別申請事業の場合は、末端関連土地改良事業が未だ確定しない段階においても、部道府県の危険と責任において事業を進め得ることから、その申請について予め都道府県の同意を得せしめることとしたものである。

3 以上の次第で、右都道府県の同意は、自己の危険と責任において土地改良事業が施行されることを確認する、市町村に対する行政主体相互間の行為であつて、対国民との直接の関係においてその権利義務を形成し又はその範囲を確定する行為ではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分ということはできないのであり、本件訴えは不適法として却下を免れない。

(被告久留米市)

1 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)が行政庁の処分に対して坂消訴訟の提起を認めているのは、行政庁の処分が相手方その他国民に対し、具体的権利義務を形成し又は確定する効力、いわゆる処分性を有しているからであり、かかる効力を有しない行政庁の行為は行訴法にいう行政庁の処分にあたらず、従つて、その取消を求める訴えは不適法である。

2 市町村が法八五条の二第一項の規定により農業振興地域整備計画に定めている土地改良事業を国営土地改良事業とするため農林大匝に申請するにあたつて定める「土地改良事業の計画の概要」(法八五条の二第七項参照)は、事業計画としては、文字どおり計画の概要を定めているものに過ぎず、(法八五条の二第七項、法施行規則五七条の一一及び六条参照)、およそ特定個人に向けられた具体的な処分とは趣きを著しく異にしている。

しかも、土地改良法上、右の計画の概要を定めることは、国営土地改良事業に関する一連の手続の一環をなすものに過ぎなく、市町村は、この土地改良事業の計画の概要等を添付して農林大臣に同土地改良事業を国営土地改良事業として施行されることを申請し(法八五条の二第九項参照)、この申請に基づいて農林大臣が右申請に係る土地改良事業が適当か否かを決定し(法八六条一項参照)、適当とする旨の決定をしたときは、同大臣が自ら土地改良事業計画を定め(法八七条一項参照)、その旨を公告して、土地改良事業計画書の写を縦覧に供しなければならない(法八七条五項参照)ことになつている。

しかるところ、法八七条六項は、農林大臣の定めた土地改良事業計画につき異議申立ができる旨を規定しているだけで、市町村の定めた土地改良事業の計画の概要についてまでも不服申立てを認めた定めをしていないのであり、右土地改良事業の計画の概要が抗告訴訟の対象とならないことは明らかである。

よつて、本件訴えは不適法として却下を免れない。

三  請求原因に対する認否 <省略>

四  被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

1  被告らの主張は、抗告訴訟の対象たる「行政庁の処分」を公権力の行使として為される直接の法的効果を生ずる行為と解し、かかる処分概念の主たる徴表を「公権性」と「直接の法的効果」に求めるものであつて、「行政庁の処分」概念について、旧来の考え方をそのまま維持するものである。

しかし、かような処分概念のとらえ方は、旧来の侵害行政の分野においては妥当であるが、今日の給付、開発行政の増大と行政作用の多様化の下においてもなおこれを維持することは、違法な行政作用から国民の権利を救済せんとする行政訴訟の目的自体にそぐわなくなつている。

今日の計画行政においては、計画の策定の段階ですでに国民の権利侵害の可能性、危険性を帯有することがあり、このような場合、計画策定自体をとらえて争うことのできる道を開いておかなければ、国民は計画行政に対し全く無防備な状態でその権利をふみにじられることにもなる。

2  本件事業は、市町村による土地改良事業計画概要の決定、右土地改良事業の国営土地改良事業としての施行を農林大臣に申請することについての市町村議会の同意、県の同意、右申請に対する農林大臣の適否の決定、農林大臣の土地改良事業計画の決定等を経て実施される。

国営土地改良事業計画の実施を目的とするこれらの一連の手続をひとつひとつ取り上げて、どの手続の時点から行政庁の処分があつたといえるかを吟味することは、結局恣意的、形式的にならざるを得ない。従つて、国民の権利の制限ないし侵害を伴う計画行政にあつては、計画の立案から実施に至る一連の動態的な発展過程の全体を行政庁の処分と把握すべきであつて、行政機関相互の内部的行為であつても、それが計画行政の一連の手続の中に位置している以上、処分性を有すると解すべきである。

3  被告久留米市が訴外三九市町村と共同で作成した「筑後川下流土地改良事業計画の概要」は、被告農林大臣が法八七条一項に基づき作成する土地改良事業計画の内容を基本的に限定するものであるから、右事業計画の概要自体がすでに原告らの権利に制限、侵害等の影響を及ぼす内容を有している場合は、取消訴訟の対象となり、また被告福岡県が被告久留米市外三九市町村に対し法八五条の二第六項に基づき与えた同意も、被告久留米市らが提出した土地改良事業計画の概要等の資料を検討して同意の可否を決するものである以上、同様に抗告訴訟の対象となる。

第三証拠<省略>

理由

一  まず、被告らの本案前の主張について判断する。

本件事業、すなわち土地改良法におけるいわゆる国営市町村特別申請事業計画の成立過程を概観するに、同法によれば、市町村は、農業振興地域整備計画を達成するため必要があると認めるときは、政令の定めるところにより、その農業振興地域整備計画に定める土地改良事業を国が行うべきことを農林大臣に申請することができるが(法八五条の二第一項)、政令で定める基幹的な土地改良施設の新設又は変更を内容とする法二条二項一号に掲げる事業であつて、その他の土地改良施設の新設若しくは変更を内容とし、若しくは内容の一部に含む土地改良事業の計画内容がなお未確定であるため法八五条の二第二項の三分の二以上の同意を求めることが適当でないと認められるものについては、当該他の土地改良事業が計画内容を確定して施行される確実な見込みがあり、かつ、その確定をまつて当該第二条二項一号に掲げる事業に着手するときは、当該事業の規模からみてその完了が著しく遅延し、農業振興地域整備計画の達成に支障を生ずるおそれがあると認められる場合においては、市町村は、あらかじめ、当該市町村の議会の議決を経て(法八五条の二第六項)、あらかじめ、省令の定めるところにより、土地改良事業計画の概要及びこれらの土地改良事業により生ずる土地改良施設がある場合にはその土地改良施設に係る予定管理方法その他必要な事項を示して、当該申請につき、関係土地改良区その他農林大臣の指定する者の意見をきくとともに、都道府県の同意を得て(法八五条の二第七項)、同項の規定により示した事項を記載した書面及び市町村議会の議決及び当該申請に係る都道府県の同意があつたことを証する書面を添付し、これを農林大臣に提出して(法八五条の二第九項)農林大臣に対し土地改良事業を国営土地改良事業として施行されることを申請し、農林大臣は右の申請に係る土地改良事業の適否を決定し(法八六条一項)、適当とする旨の決定をしたときは、農林大臣はその決定に係る国営土地改良事業を行うため、土地改良事業計画を定める(法八七条一項)こととなつている。

そうすると、市町村による国営市町村特別申請事業計画の概要の決定は、右の一連の手続の最初の段階にあたるものであつて、それは確定的なものではなく、あくまでも事業計画の概要に過ぎず、右一連の手続の最終段階において農林大臣が申請に係る事業計画の適否を判断して、適当と認めたときに当該事業計画を自ら定めることにより初めて事業計画の内容が確定的に定まり、国営市町村特別申請事業計画として成立するに至るのである。

以上によれば、市町村が作成する土地改良事業計画の概要は、これによつて国民の権利、義務に直接影響を及ぼすものではなく、従つて、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分に該当しないというべきである。

また、同様に、市町村が農林大臣に対し、土地改良事業を国営土地改良事業として施行されることを申請することに対して都道府県の与える同意も、右一連の手続の一環をなす行政庁相互間の行為に過ぎず、国民の権利、義務に直接関係する性格のものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらないと解すべきである。

原告らは、本件のごとき計画行政の分野にあつては、事業計画の内容が国民の権利に対する制限ないし侵害の可能性、危険性を帯有するものである限り、当該事業計画に係る一連の手続のどの段階の行政庁の行為に対しても抗告訴訟を提起することができるのでなければ国民の権利の十全な保護を期することができない旨主張するが、違法な行政作用に対する司法的救済は、当該行政作用が直接国民の権利を制限ないし侵害する効果を有する場合に初めて認められるものというべく、原告らの右主張は採用できない。即ち、本件で問題の市町村特別申請事業計画が農林大臣の定める土地改良事業計画によつて決定されることは前記のとおりであるところ、法八七条六項、同条一〇項は、右土地改良事業計画に不服がある者に対し異議申立て及びその決定に対する取消しの訴提起ができることを定めているのであつて、右により、違法な土地改良事業計画に対する司法的救済の方途は保障されていると言うべきである。

二  以上の次第で、原告らの被告らに対する本件各訴えは、行訴法に定める抗告訴訟の対象となるべき処分ではないものを対象にその取消しを求める不適法な訴えであると言わざるを得ない。

よつて、本件各訴えはいずれも不適法として却下すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 南新吾 児嶋雅昭 井上哲男)

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